|
|
さっぱりと遅れてしまったが、新文芸坐の報告記をば。
いつものミクシイ日記コピペです。
〜*〜*〜*〜
昨日、新文芸坐での公演が終了しました。
本人的には、『終わってどんより』の出来に思えたが、意外にも評判が良かった。「作品が良かったからよ!」じゃなくて、「自分で不出来と思った時の出来は良い。」という舞台の定説通りに受け取ろう。
新文芸坐さんは、弁士デビューの翌年『阪妻映画祭』からお世話になっている。
当初は弁士台ひとつ取っても試行錯誤。
最初はスクリーンのすぐ脇に設置してあった為、画面を見るにも一苦労。
字幕は読めないし、四苦八苦。
すったもんだで、今のスタイルに落ち着いた。
『阪妻映画祭』では『影法師』と『逆流』
『小津特集』では『浮草物語』と『東京の宿』
『監督特集』では『路上の霊魂』
『松竹110年』では『伊豆の踊子』
そして今年の『瀧の白糸』と、通常なかなか上映機会がない作品や、次の仕事のターニングポイントとなった作品をやらせて頂いている。
新文芸坐・永田支配人は、新人弁士斎藤にっとてこの『映画業界』に来てからの最初の『頼れる相談人』であった。
煮詰まった時に愚痴を聞いて頂き、アドバイスを頂き、メシを奢って頂き、激励を頂き・・・頂きっぱなしやんっっっつ!!!
極め付けは、三年間使用していた新文芸坐のスクリーンまで頂いてしまった・・・こう書いていて、涙が出てきます。
どんなアドバイスを頂いたかは、刺激的すぎてここにはとても書けない。(苦笑)実力のある落語家や講談師を数々支援して来た方。仕事の報告すると誰より手放しで喜んで下さり、新文芸坐でやるたびに、「形になって来たな!」と、ニコニコして必ず前向きな感想を下さる。
書き乍ら涙が止まらんっっつ
自分の成長を誰よりも喜んで下さり見守って下さる人がいる。
こんな幸せな事が、他にあるだろうか!?
しかし・・・この一年でそんな大切な方々を、見送らなければならない幾つかの野辺送りがあった。
私にとってそんな尊敬すべき舞台の師と仰ぐ方が、この夏の終わりにまたひとり旅立った。
水芸の大師匠、松旭斎広子先生である。
広子先生と出会ったのは、私が水芸の舞台監督助手を務める事となってその舞台稽古の日。広子先生が76歳で私が24歳。
水芸は何を隠そう!?あの最後の八方へ飛ぶ大水で、シートの上は洪水状態。幕が降りるとスタッフはバケツとモップと雑巾で、水を急いでかき出すのです。
その雑巾をトイレで洗っている所へ、広子先生が入って来た。
「大変ね!雑巾が臭くなるのよね!」と労ってくだすった。
それから間もなくキャストに欠員が出て、私はスタッフ参加したはずなのに、あれよあれよと舞台の上に。
それから18年近くの月日が流れた。
広子先生は既に水芸太夫は引退されていたが、現役で舞台にはまだ立っておられた。
ちびっちゃくって、『八月の鯨』のリリアン・ギッシュを、もっとワイルド&アクティブにしたような、『ちびっこ魔女おばさん』(斎藤オリジナル用語!)のような広子先生。
とにかく声が可愛くって、でも毒舌!(苦笑)正義感がめちゃめちゃ強くって、いつも『悪』に対して『怒りの畷』を振りかざして生きておられた。
私くらい年令が離れていると、その『芸人現役バリバリ時代』は知らないが、若い太夫から以前聞いた話だが、衣裳合わせでその方にスタッフが赤い着物をあてがおうとしたら、広子先生は「Sが赤い着物を着たら、あたしが目立たなくなるでしょ!!」と怒って楽屋を出ていってしまわれたという。
広子先生はその時70歳近く?。
楽屋で後に残されたSさんは、おろおろと涙。(苦笑)
生っ粋の芸人。
明治〜大正〜昭和を駆け抜けた女性奇術師『松旭斎天勝』に弟子入りしたのは14歳の時。天勝は『瀧の白糸』の水芸指導を担当。
溝口監督や入江たか子の撮影までのくだりを見ている生き証人であった。
戦後、進駐軍の兵士の前で披露したマジックを見せていただいた事もある。自らの芸に自信と誇りを常に持っておられ、「こんなに彼等は驚いたの!!」と嬉しそうに自慢する広子先生が、私は大好きだった。
私が水玉のブラウスを着ていると、「いいわね!そのブラウス私に下さらない!?水玉大好きなの!!」と真剣に童女のように目を輝かせる。
そんなお茶目で若々しい広子先生。
恐らく最後の大舞台。83歳頃に国立劇場の舞台に立った時、私はアシスタントで同じ舞台に立たせて頂いた。リューマチで痛む足腰をさすりながら、しかし舞台上では輝いていた広子先生。
舞台袖で涙したのを、昨日の事のように覚えている。
お料理上手で、稽古で先生のお宅にお邪魔すると、必ず手料理を御馳走になった。
公演前は必ず、「宜しくお願いしますよ!!」と常に舞台の成功を強く祈っていた広子先生。
最後にお会いしたのは、昨年の水芸の舞台前。
目をぎらぎらさせながら「もう一度ね、やってみたいと思うの!!」と私に向かって仰った一言。あのお顔とお声を、私は生涯忘れる事はないだろう。
棺に横たわる広子先生のお顔の、神々しかったこと!!
白くすべすべのお肌。にっこり微笑んで大成仏の相であられたた。
皆、「わ〜先生、すべすべ!!」と、愛おしそうに頬すり寄せて、なごりを惜しんだ。
昨日の『瀧の白糸』は、そんな経緯もあって、私にとっては広子先生に捧げた舞台であった。
このポッカリと空いた大きな穴は、他の誰でも埋められない。
またひとつ大きな穴が空いたまま、私は生きて行く。
弁士になって目標としていた、『瀧の白糸』を二回も演じてしまった
今年・・・私の『水芸太夫』は空の星となった。
享年 94歳。
言わずともがなの大往生。でも広子先生は軽く百歳は越えると、私は信じていた・・・。
今回は本当に沢山のマイミクさんにご来場いただきました。
侘助親分、お竜さん、北京波さん、ririsさん、YAS.さん、きよりんさん、damadamaさん、ちゃんさん、こまるさん、くりおねさん、わさび音(ね)さん、新たにミクになっていただいたアールケイさん、Billy Pilgrimさん〜その他、様々な方々のご来場頂きました。
本当にありがとうございました!!!
きっと広子先生も、一番良いお席でご覧くだすったに違い無い。
『瀧の白糸』は永遠に私の『この一本』なのである。
>YAS.さん
初めてご覧いただけて嬉しかったですよ!!ありがとうございました。
>わさび音さん
ホント貴女は貴重な『生き証人』!!
http://bensisaitou.hp.infoseek.co.jp
|
|