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連続公演!

 投稿者:組長  投稿日:2007年12月 8日(土)20時29分47秒
  世田谷 ロマンス座公演無事終了!
や〜楽しかったです♪

前回二月の時もよかったけど、今回はここの↓
http://www.r-school.net/goslow/

カフェでランチしたり、(ドッグ・カフェでもある。さすが世田谷!)
終演後にお客様やスタッフの方々とカフェでお茶しながらお話出来たし〜と、有意義なひとときを過ごせました。
(芸術劇場公演アピールも浸透。チケットも少し売れました♪)

旧池尻中学校の跡地を使って、世田谷ものつくり学校と題してさまざまなアートや展示、手作りパンやケーキやランチが食べられて・・・
私はもともと学校が好きなもので、もうずーーーっといたいくらい♪

〜世田谷ものつくり学校〜
http://www.r-school.net/

さて、明日はいよいよ町田フォーラムでの公演。
町田公演第一弾です。

チケットはすべて完売。
しかも数日で!
200名程度とはいえ、キネ・コラ公演としては初めての事。

予約を断られた中学時代の演劇部顧問の先生は、(さくやくん、N林先生だよっつ)1月5日市民ホールはチケット予約初日に電話して押さえたとお葉書をいただきました。
申し訳ないの一言。
いつもはこんな事ありえなかったりするのですが、二人の地元という事と、この企画にお客様が付いているという事が重なって、嬉しい悲鳴でした。

やはり「チケットが売れなくて〜」と悲痛な叫びをこだまさせるより、
「数日で完売しました!」という方が、人のこころは動くものらしい〜
 

世田谷ロマンス座

 投稿者:組長  投稿日:2007年12月 7日(金)21時20分17秒
  明日は、世田谷ロマンス座にて「血煙高田馬場」「浮草物語」を公演します。

世田谷ロマンス座

http://www.nanoni.co.jp/romance/index.html

今年の二月に続いて二回目ですが、ここの雰囲気も人々も大好き♪
皆様との再会が楽しみですっつ
 

毬の行方

 投稿者:組長  投稿日:2007年11月30日(金)06時00分50秒
  本番終了。
いつもながらホンを書いている時は大変ですが、
公演はあっけなく終わってしまうものです〜

これもいつもの事ながら、鑑賞会はどうも作品づくりが雑になってしまっていけない。正直手間かけられないのですが、稽古不足が露呈。
(稽古もくそもないよなぁ〜家を出る五分前までホン書いていては・・・っつ〜)
澤登師匠の熟練された活弁と連続して活弁するのが恥ずかしいっつ!のではありますが、これもまたお勉強。
(本日の師匠は斎藤寅次郎の「明け行く空」面白かったです。)

しかしこの「毬の行方」ですが、作品は気に入ってます。
詳しくはまた書きたいですが、また手をいれて再演したい作品。
いつもやっている大作とは、また違う風情があります。

ヒロインが、
「サイダーでうがいをしろと言われて飲んでしまう。」
「二百メートル走で花王石鹸ののぼりが入った腰巻をあらわにしながら走る。」
「置手紙で冷水摩擦を毎日しろと親友に即す。」

そんなシーンがお気に入り♪

本日も皆様、ご来場ありがとうございました!!

さてお次は12月8日(土)の世田谷ロマンス座「浮草物語」の再演。
小津安二郎の名作です。
一年ぶり五回目の活弁となります。
よりよくして本番に臨みたいです。
 

どうもです!

 投稿者:組長  投稿日:2007年11月13日(火)21時17分16秒
  みこしさま

屋形舟、今回もありがとうございました!
最近ミクシイでばっかりでしたから、こちらではお久しぶりです〜〜

本日台場で打ち合わせ済ませました。
でもまだ詳細は決まっていないので、また後日電話でという事に。

今月はまだまだ品川シリーズでがんばらせていただきますっつ!
 

ありがとうございました。

 投稿者:みこし野郎  投稿日:2007年11月12日(月)22時39分49秒
  先日は、屋形舟ライブへのご出演、本当にありがとうございました。
また熱がある中での文字通り「熱演」本当にお疲れさまでした。

まずは体調を整え、ゆっくり休んでくださいね。

また、今月の台場小学校創立50周年記念式典司会、そしてケーブルテレビ品川でのしながわ観光協会創立10周年記念番組ナレーションの方も、宜しくお願い致します〜。
 

屋形終了

 投稿者:組長  投稿日:2007年11月10日(土)17時01分49秒
  本日ご乗船いただきました皆様、本当にありがとうございました!
取り急ぎ、日記でアップされていた方のところにはご挨拶させていただきましたが、まずはこちらで御礼申し上げます!!

実は本日斎藤は大寝坊!!
この1週間というもの、発熱と咳や鼻水に襲われてやれやれでしたので、昨夜は早寝をするべく零時過ぎには目覚ましを6時半にセットして床へ・・・。

起きたのはなんと10時を回っておりました!!!
あわてて取るものもとりあえず、タクシーと電車を駆使してたどり着き、衣装は舟の中で着替える有様〜!!!

お客様から「どうしたの?顔が赤いね!?」と指摘されつつ、何とか本番を無事終えました。

頭は霞がかかったようにぼーーーーーっつとしておりまして、お客様の顔を間違えたりと、とほほな本日でございました。

映画自体は自信を持ってお届けする二本でございましたので、楽しんでいただけたかと思います。

あいにくの天気ではありましたが、やっぱり屋形はいい!!
気持ちはすっきりしてまいりましたが、体力温存で祭りは失礼して帰路へ。

皆様本当にありがとうございました!
また来年よろしくお願い致します!!
 

品川宿屋形舟ライブ

 投稿者:靖雅  投稿日:2007年11月 2日(金)09時13分0秒
  ♪♪品川宿屋形舟ライブ満員御礼♪♪

ありがとうございますd(*⌒▽⌒*)b
お陰さまで、「品川宿屋形舟ライブ」満席となりました!

当日の日本晴れを祈りましょう〜
 

エロ探検

 投稿者:組長  投稿日:2007年 9月25日(火)14時40分48秒
  ・・・という字幕が登場するのは、
昭和8年 川端康成原作 五所平之助監督作品『伊豆の踊子』

(※観ていない方には『さっぱり』わからんちんですが〜学生・水原が夜の街に出て行こうとするのを見た隣の部屋に宿泊している男が、「エロ探検ですか!?」と声をかける場面がありまして〜お客さまにかなりウケていました。)

先日23日に磯子公会堂で公演して参りました。


伊豆の踊子は、実は劇場映画としては6作品作られておりまして〜

第一作 1933年 松竹蒲田作品
主演:田中絹代 大日方伝  監督:五所平之助

第二作 1954年 松竹大船作品
主演:美空ひばり 石浜朗  監督:野村芳太郎

第三作 1960年 松竹大船作品
主演:鰐淵晴子 津川雅彦  監督:川頭義郎

第四作 1963年 日活作品
主演:吉永小百合 高橋英樹 監督:西河克己

第五作 1967年 東宝作品
主演:内藤洋子 黒沢年男  監督:恩地日出夫

第六作 1974年 東宝作品
主演:山口百恵 三浦友和  監督:西河克己

・・・テレビですと、ちょっと(かなり?)懐かしい、栗田ひろみ主演だったり、一番近いところで平成14年に後藤真希(この字?)主演てのがあるそうで。

原作の川端康成先生はサユリストで、吉永小百合版がお気に入りだった説と、クランクアップ前に唯一写真まで一緒に撮った内藤洋子にご執心だった説とがありますが・・・きっとどちらもお好きだったのでは!?(苦笑)いずれも菖蒲か燕子花。選りすぐりの美少女に違いはありません。

そんな作品群の中で、一番詩情にあふれていて記憶に残る好きな作品と挙げられる事の多い、田中絹代主演の無声映画バージョン。
もう昭和8年なのでまかり間違えばトーキーで撮っていてもおかしくはないのですが、無声であったからこそ、今日上映機会がここまで多い作品となったはず。サイレントである事が、この作品の質を高めていると言っていいと思います。
踊子・薫のちょっとしたしぐさとか表情など、『すべてを映してしまわない』モノクロで無声の『見えそで見えない』じれったさ?が奥ゆかしくてイイのです♪

田中絹代の初々しくもみずみずしい愛らしい踊子姿!
大日向伝の『チョイ悪』風の学生が何とも笑えるがっっつ
主演のふたりよりも、二人を取り巻く男性主要人物の登場時間が長い!のが最初は気になったが、ふたりが別れてゆく背景がはっきりと描かれているので、今は気にならない。

現在映像化すればシラケてしまいそうな別れのシーンも、サイレントだと何故か涙が出るくらい盛り上がってしまうのがホント不思議!

田中絹代が『浅田真央』ちゃんに似ているとのご指摘あり!!なるほど〜と思いつつ、観に来てくれた友人は「裕子に似ていた!」と問題?発言。
その方は私が22〜3歳の時に一年間旅公演を共にした方。初の海外公演である中国へもご一緒しました。その頃の私はきっと、あんな風に初々しかったのだワ♪(←そういう事にしておいてっつ)

飯田蝶子さんが画面に出るだけで歓声があがった。
『若大将』のおばあちゃんをやっている時代の蝶子さんを観ていた世代の方とお見受けしましたが、サイレント初体験のご年輩のお客さまが多く、その反応は私にも新鮮で嬉しかった。
ひとつの舞台は、やっぱりお客さまと共に作り上げていくものだと実感。
活弁公演はライブですから、反応がさらに舞台を盛り上げます。

マイミクさんでは、葉っぱ隊員がご両親と共にご来場。そしてサプライズゲスト?でサバーイ&ツトムさん御夫妻が!!
や〜嬉しかったですよ〜!!

その後、伊勢佐木町『豚パパ』で盛り上がり、町田の実家へと帰りました。

http://bensisaitou.hp.infoseek.co.jp

 

新文芸坐報告記

 投稿者:組長  投稿日:2007年 9月25日(火)14時39分6秒
  さっぱりと遅れてしまったが、新文芸坐の報告記をば。
いつものミクシイ日記コピペです。

           〜*〜*〜*〜

昨日、新文芸坐での公演が終了しました。
本人的には、『終わってどんより』の出来に思えたが、意外にも評判が良かった。「作品が良かったからよ!」じゃなくて、「自分で不出来と思った時の出来は良い。」という舞台の定説通りに受け取ろう。

新文芸坐さんは、弁士デビューの翌年『阪妻映画祭』からお世話になっている。
当初は弁士台ひとつ取っても試行錯誤。
最初はスクリーンのすぐ脇に設置してあった為、画面を見るにも一苦労。
字幕は読めないし、四苦八苦。
すったもんだで、今のスタイルに落ち着いた。

『阪妻映画祭』では『影法師』と『逆流』
『小津特集』では『浮草物語』と『東京の宿』
『監督特集』では『路上の霊魂』
『松竹110年』では『伊豆の踊子』

そして今年の『瀧の白糸』と、通常なかなか上映機会がない作品や、次の仕事のターニングポイントとなった作品をやらせて頂いている。

新文芸坐・永田支配人は、新人弁士斎藤にっとてこの『映画業界』に来てからの最初の『頼れる相談人』であった。
煮詰まった時に愚痴を聞いて頂き、アドバイスを頂き、メシを奢って頂き、激励を頂き・・・頂きっぱなしやんっっっつ!!!

極め付けは、三年間使用していた新文芸坐のスクリーンまで頂いてしまった・・・こう書いていて、涙が出てきます。

どんなアドバイスを頂いたかは、刺激的すぎてここにはとても書けない。(苦笑)実力のある落語家や講談師を数々支援して来た方。仕事の報告すると誰より手放しで喜んで下さり、新文芸坐でやるたびに、「形になって来たな!」と、ニコニコして必ず前向きな感想を下さる。

書き乍ら涙が止まらんっっつ

自分の成長を誰よりも喜んで下さり見守って下さる人がいる。
こんな幸せな事が、他にあるだろうか!?
しかし・・・この一年でそんな大切な方々を、見送らなければならない幾つかの野辺送りがあった。

私にとってそんな尊敬すべき舞台の師と仰ぐ方が、この夏の終わりにまたひとり旅立った。

水芸の大師匠、松旭斎広子先生である。

広子先生と出会ったのは、私が水芸の舞台監督助手を務める事となってその舞台稽古の日。広子先生が76歳で私が24歳。

水芸は何を隠そう!?あの最後の八方へ飛ぶ大水で、シートの上は洪水状態。幕が降りるとスタッフはバケツとモップと雑巾で、水を急いでかき出すのです。
その雑巾をトイレで洗っている所へ、広子先生が入って来た。
「大変ね!雑巾が臭くなるのよね!」と労ってくだすった。

それから間もなくキャストに欠員が出て、私はスタッフ参加したはずなのに、あれよあれよと舞台の上に。
それから18年近くの月日が流れた。

広子先生は既に水芸太夫は引退されていたが、現役で舞台にはまだ立っておられた。
ちびっちゃくって、『八月の鯨』のリリアン・ギッシュを、もっとワイルド&アクティブにしたような、『ちびっこ魔女おばさん』(斎藤オリジナル用語!)のような広子先生。
とにかく声が可愛くって、でも毒舌!(苦笑)正義感がめちゃめちゃ強くって、いつも『悪』に対して『怒りの畷』を振りかざして生きておられた。

私くらい年令が離れていると、その『芸人現役バリバリ時代』は知らないが、若い太夫から以前聞いた話だが、衣裳合わせでその方にスタッフが赤い着物をあてがおうとしたら、広子先生は「Sが赤い着物を着たら、あたしが目立たなくなるでしょ!!」と怒って楽屋を出ていってしまわれたという。

広子先生はその時70歳近く?。
楽屋で後に残されたSさんは、おろおろと涙。(苦笑)

生っ粋の芸人。
明治〜大正〜昭和を駆け抜けた女性奇術師『松旭斎天勝』に弟子入りしたのは14歳の時。天勝は『瀧の白糸』の水芸指導を担当。
溝口監督や入江たか子の撮影までのくだりを見ている生き証人であった。

戦後、進駐軍の兵士の前で披露したマジックを見せていただいた事もある。自らの芸に自信と誇りを常に持っておられ、「こんなに彼等は驚いたの!!」と嬉しそうに自慢する広子先生が、私は大好きだった。

私が水玉のブラウスを着ていると、「いいわね!そのブラウス私に下さらない!?水玉大好きなの!!」と真剣に童女のように目を輝かせる。
そんなお茶目で若々しい広子先生。

恐らく最後の大舞台。83歳頃に国立劇場の舞台に立った時、私はアシスタントで同じ舞台に立たせて頂いた。リューマチで痛む足腰をさすりながら、しかし舞台上では輝いていた広子先生。
舞台袖で涙したのを、昨日の事のように覚えている。

お料理上手で、稽古で先生のお宅にお邪魔すると、必ず手料理を御馳走になった。
公演前は必ず、「宜しくお願いしますよ!!」と常に舞台の成功を強く祈っていた広子先生。

最後にお会いしたのは、昨年の水芸の舞台前。
目をぎらぎらさせながら「もう一度ね、やってみたいと思うの!!」と私に向かって仰った一言。あのお顔とお声を、私は生涯忘れる事はないだろう。

棺に横たわる広子先生のお顔の、神々しかったこと!!
白くすべすべのお肌。にっこり微笑んで大成仏の相であられたた。
皆、「わ〜先生、すべすべ!!」と、愛おしそうに頬すり寄せて、なごりを惜しんだ。

昨日の『瀧の白糸』は、そんな経緯もあって、私にとっては広子先生に捧げた舞台であった。
このポッカリと空いた大きな穴は、他の誰でも埋められない。
またひとつ大きな穴が空いたまま、私は生きて行く。

弁士になって目標としていた、『瀧の白糸』を二回も演じてしまった
今年・・・私の『水芸太夫』は空の星となった。
享年 94歳。
言わずともがなの大往生。でも広子先生は軽く百歳は越えると、私は信じていた・・・。


今回は本当に沢山のマイミクさんにご来場いただきました。
侘助親分、お竜さん、北京波さん、ririsさん、YAS.さん、きよりんさん、damadamaさん、ちゃんさん、こまるさん、くりおねさん、わさび音(ね)さん、新たにミクになっていただいたアールケイさん、Billy Pilgrimさん〜その他、様々な方々のご来場頂きました。
本当にありがとうございました!!!

きっと広子先生も、一番良いお席でご覧くだすったに違い無い。
『瀧の白糸』は永遠に私の『この一本』なのである。


>YAS.さん

初めてご覧いただけて嬉しかったですよ!!ありがとうございました。

>わさび音さん

ホント貴女は貴重な『生き証人』!!

http://bensisaitou.hp.infoseek.co.jp

 

FM横浜

 投稿者:わさび音  投稿日:2007年 9月18日(火)21時38分29秒
  車のラジオが故障中のため、慌てて帰宅し途中から聴きましたよ〜。
12分??いや…私にももっと長く登場していた気がしたがな…(笑)

いきなり鞍馬天狗の「ぐわぁ〜っはっはぁ〜っ」と豪快な笑い声が始まった時は、
さずがの私も何が起こったのかと思いました(笑)
突然目の前で展開した多重人格のあまりの迫力に
「す、すばらしいですね」て言いながら、天地真理さん(←ちがう、て)引いてたような(笑)

これで少しでも「活動弁士」というものを皆さんが知ってくれたらいいね
個人的には、淡々とニュースを読むような天地真理さん(だからちがう、て)の語りと
対照的なメロウさんの語りが改めて印象的でした。
 

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